- 「相続放棄すれば空き家の問題から解放される」は本当か
- 相続放棄の基本的な仕組みを整理する
- 空き家は相続放棄できないのか——「できない」の意味を正確に理解する
「相続放棄すれば空き家の問題から解放される」は本当か

親や祖父母が亡くなり、遠方に古い空き家が残された。維持費もかかるし、管理も大変だから相続放棄してしまえばいい——そう考える方は少なくありません。しかし、相続放棄をしても空き家の問題が完全に解決するわけではないという現実があります。
総務省の「住宅・土地統計調査」によると、全国の空き家数は年々増加傾向にあり、相続を契機に空き家の扱いに悩む方が増えています。法律の仕組みを正確に理解しないまま相続放棄の手続きを進めると、思わぬ義務や費用負担が残ることがあります。
この記事では、相続放棄と空き家の関係を法的な観点から整理し、放棄した後に何が起きるのか、どのような選択肢があるのかを解説します。個別の物件や状況により判断は異なりますので、あくまで基礎知識の整理としてご活用ください。
相続放棄の基本的な仕組みを整理する
相続放棄とは、被相続人(亡くなった方)の財産と負債のすべてを引き継がないという意思表示です。プラスの財産もマイナスの財産も、一切を放棄することになります。
相続放棄の手続きと期限
相続放棄の申述は家庭裁判所への公的手続きです[1]。自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内に、家庭裁判所に申述書を提出する必要があります[1]。この期間を「熟慮期間」と呼びます。
手続きの大まかな流れは次のとおりです。
- 被相続人の死亡を把握し、相続財産の内容を調査する
- 相続放棄の申述書と必要書類(戸籍謄本等)を準備する
- 被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申述書を提出する
- 家庭裁判所から照会書が届いた場合は回答する
- 受理通知書を受け取り、手続き完了となる
申述に必要な費用は収入印紙800円と郵便切手代程度ですが、戸籍収集の手間や、場合によっては専門家(弁護士・司法書士)への報酬が加わることもあります。
相続放棄をすると何が起きるか
相続放棄が受理されると、その人は初めから相続人でなかったものとみなされます。つまり、被相続人の預貯金・不動産・借金のいずれも引き継がないことになります。
ただし、ここで重要な点があります。相続放棄をしても、次の相続人が管理を引き受けるまでの間、現に占有していた財産の管理義務が残る場合があります。民法940条はこの点を定めており、放棄した後も「管理が引き継がれるまでの間は保存義務を負う」とされています。空き家の鍵を持っていたり、実質的に管理していたりする状況では、この義務が問題になることがあります。
空き家は相続放棄できないのか——「できない」の意味を正確に理解する

「空き家は相続放棄できない」という表現は、厳密には「相続放棄の手続き自体は可能だが、放棄しても問題が全て消えるわけではない」という意味で使われることがほとんどです。
相続放棄後も残る可能性がある義務
相続放棄が受理されたとしても、以下のような状況が生じることがあります。
- 次順位の相続人が全員放棄した場合、最後に放棄した相続人に管理義務が残る可能性がある
- 相続財産清算人(旧:相続財産管理人)が選任されるまでの間、空き家の状態が放置される
- 近隣への危険(建物の倒壊リスク等)が生じた場合に行政から指導を受ける可能性がある
- 固定資産税の特例が解除されることで、税負担が増加する場合がある
固定資産税の問題
空き家を放置すると、空家等対策特別措置法に基づく「特定空き家」に指定されることがあります。この指定を受けると、住宅用地特例(固定資産税が最大6分の1に軽減される制度)の適用が除外され、税負担が大幅に増加する可能性があります。相続放棄をしても、その土地・建物の固定資産税は誰かが負担しなければならず、問題が宙に浮いた状態になることがあります。
相続放棄後の管理義務を解消する仕組み
相続放棄後に残る管理義務を解消するための制度として、「相続財産清算人の選任申立て」があります。
相続財産清算人とは
相続財産清算人(民法952条等に基づく制度)は、相続人が全員放棄した場合などに、家庭裁判所が選任する専門家(弁護士・司法書士等)です。清算人が選任されることで、空き家を含む相続財産の管理・処分が専門家に引き継がれます。
申立ては利害関係人(相続放棄した元相続人を含む)または検察官が行います。ただし、申立てには予納金が必要になることが多く、財産の状況によっては数十万円程度の費用負担が生じる場合もあります。
手続きの流れ
- 相続人全員が相続放棄を完了する
- 相続財産清算人の選任を家庭裁判所に申立てる
- 家庭裁判所が清算人を選任し、公告を行う
- 清算人が財産を管理・換価し、債権者への弁済や国庫帰属の手続きを進める
この手続きを経ることで、元相続人の管理義務は解消されることになります。ただし、費用負担や手続きの複雑さについては、個別の状況により大きく異なります。
相続土地国庫帰属制度という選択肢

2023年4月に施行された「相続土地国庫帰属制度」は、相続した土地を一定の条件のもとで国に引き取ってもらえる制度です[1]。空き家問題の解決策の一つとして注目されています。
制度の概要と主な要件
この制度は相続放棄とは異なり、相続した土地を「放棄」するのではなく、国に「帰属」させる(引き取ってもらう)ものです。主な要件は次のとおりです[1]。
- 相続または遺贈によって取得した土地であること
- 建物が存在しないこと(原則として更地であること)
- 担保権や使用収益権が設定されていないこと
- 通路や他人の利用が前提となっていないこと
- 土壌汚染や境界の争いがないこと
- 崖地など管理・処分に過分な費用・労力を要しないこと
空き家(建物付き)の場合は原則として対象外となるため、建物を解体した後に更地として申請するケースが想定されます。解体費用(木造住宅で100〜200万円程度が目安)が別途発生する点は考慮が必要です。
負担金の目安
国庫帰属が認められた場合、申請者は10年分の土地管理費相当額を負担金として納付する必要があります[1]。法務省の基準では、面積や立地によって異なりますが、宅地の場合は20万円程度〜が一つの目安とされています(実際の金額は法務局への確認が必要です)[1]。
また、審査手数料として申請土地1筆あたり14,000円が必要です。審査の結果、要件を満たさないと判断された場合は手数料は戻りません。
空き家を相続した場合の選択肢を整理する
相続放棄以外にも、空き家の問題に対処する方法はいくつかあります。状況に応じた選択肢を比較して整理してみましょう。
| 選択肢 | 概要 | 主なメリット | 主なデメリット・注意点 |
|---|---|---|---|
| 相続して売却(仲介) | 相続登記後、不動産会社を通じて買主を探す | 市場価格に近い金額での売却が期待できる | 売却まで3〜6ヶ月程度かかる場合がある。内覧対応が必要 |
| 相続して売却(買取) | 不動産会社が直接購入する | 最短1〜2週間程度で完了。契約不適合責任が免責になることが多い | 売却価格は市場価格の70〜80%程度になる傾向がある |
| 相続放棄 | 家庭裁判所への申述により相続を放棄する | プラス・マイナス双方の財産を引き継がない | 管理義務が残る場合がある。次順位の相続人が問題を引き継ぐ |
| 相続財産清算人の選任申立て | 全員放棄後に家庭裁判所へ申立て | 管理義務を解消できる | 予納金が必要。手続きに時間がかかる |
| 相続土地国庫帰属制度 | 一定条件下で土地を国に引き取ってもらう | 手放すことができる。売却困難な土地でも対応可能な場合がある | 建物付き土地は原則対象外。負担金が必要。審査で不承認の場合あり |
| 賃貸・活用 | 空き家を賃貸物件や別の用途で活用する | 収入を得ながら保有できる | リフォーム費用が必要な場合がある。管理の手間が続く |
具体的なシナリオで考える判断の分かれ目

シナリオ1:地方の築40年木造一戸建てを相続したケース
地方都市の郊外に立地する築40年の木造一戸建てを、唯一の相続人として引き継いだとします。近隣の成約事例を調べると、同程度の物件は100〜150万円程度でしか取引されておらず、仲介手数料(売買価格×3%+6万円+消費税)を差し引くと手取りはほとんど残らない計算になります。一方、建物の老朽化が進んでいるため、放置すれば特定空き家に指定されるリスクもあります。
このような状況では、「売却してわずかな手取りを得る」「解体して更地にしてから売却または国庫帰属制度を利用する」「買取で早期に手放す」という選択肢が検討されます。解体費用が100〜200万円程度かかる場合、解体後の更地価格との比較が判断の鍵になります。また、相続放棄を選ぶ場合でも、他に相続人がいないなら相続財産清算人の申立てが必要になる可能性があります。
いずれの選択肢も「費用と手間のトレードオフ」という構造は同じです。売却価格が低い物件ほど、手続きコストの比重が相対的に大きくなる点が判断を難しくしています。
シナリオ2:複数の相続人がいる中で一人だけが相続放棄を検討するケース
兄弟3人で親の遺産を相続する場面を考えます。遺産の中に、誰も使う予定のない地方の空き家が含まれています。3人のうち1人は「管理も売却も面倒だから相続放棄したい」と考えていますが、残り2人は相続放棄を選ばない方針です。
この場合、1人だけが相続放棄をしても、空き家は残り2人の共有財産になるだけで、問題が消えるわけではありません。むしろ、共有持分が変わることで売却の意思決定がより複雑になる場合があります。不動産の売却には共有者全員の同意が必要なため、1人が放棄して2人の共有になると、2人が合意しなければ売却が進まない状況が生まれます。
このシナリオでは、全員で協議して「売却して現金を分ける」「1人が買い取る」「全員で放棄して清算人を選任する」といった方向性を決めることが、実質的な解決につながりやすいといえます。
空き家を売却する場合の費用と税金の基礎知識
相続した空き家を売却する場合、どのような費用と税金が発生するかを把握しておくことが重要です。
売却にかかる主な費用
仲介で売却する場合の主な費用は次のとおりです。
| 費用項目 | 目安・計算式 | 備考 |
|---|---|---|
| 仲介手数料 | 売買価格×3%+6万円+消費税(400万円超の場合の上限) | これは法定上限。交渉により変わる場合もある |
| 印紙税 | 1,000円〜60,000円程度(契約金額による) | 売買契約書に貼付 |
| 登記費用 | 1〜3万円程度(司法書士報酬含む) | 抵当権抹消が必要な場合に発生 |
| 解体費用(任意) | 木造一戸建てで100〜200万円程度が目安 | 更地にして売却する場合。構造・規模により大きく変動 |
| ハウスクリーニング(任意) | 数万円〜20万円程度 | 内覧対応のために実施する場合 |
売却価格帯別の仲介手数料(上限)の目安は以下のとおりです。
| 売却価格 | 仲介手数料上限(税込) |
|---|---|
| 500万円 | 約23.1万円 |
| 1,000万円 | 約39.6万円 |
| 2,000万円 | 約72.6万円 |
| 3,000万円 | 約105.6万円 |
譲渡所得税の基本的な考え方
相続した空き家を売却して利益(譲渡所得)が出た場合、税金が発生します。計算式は次のとおりです。
譲渡所得 = 売却価格 −(取得費 + 譲渡費用)
税率は所有期間によって異なります。所有期間は「売却した年の1月1日時点」で判定されます。
- 短期譲渡所得(所有期間5年以下):39.63%(所得税30.63%+住民税9%)
- 長期譲渡所得(所有期間5年超):20.315%(所得税15.315%+住民税5%)
相続した不動産の取得費は、被相続人が取得した際の価格を引き継ぐことになります。取得費が不明な場合は、売却価格の5%を概算取得費として使用できる場合があります。
また、空き家の売却には「被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除」(いわゆる空き家特例)が適用できる場合があります。適用条件や手続きの詳細については、税務署または税理士にご確認ください。
なお、居住用財産の3,000万円特別控除(マイホームの売却に適用される制度)は、主に以下の条件を満たす場合に利用できます。
- 居住用財産(マイホーム)であること
- 売却先が親族等の特殊関係者でないこと
- 前年・前々年にこの特例を受けていないこと
空き家の場合、被相続人が居住していた物件であっても、相続人が居住していない場合は通常の3,000万円特別控除の適用が難しいケースがあります。適用可否は個別の事情によって異なるため、専門家への確認が不可欠です。
空き家の売却方法:仲介と買取の違い

空き家を売却する際、大きく「仲介」と「買取」の2つの方法があります。どちらが合理的かは、物件の状態や売却を急ぐかどうかによって変わります。
| 比較項目 | 仲介 | 買取 |
|---|---|---|
| 売却価格の目安 | 市場価格に近い水準 | 市場価格の70〜80%程度 |
| 売却期間 | 3〜6ヶ月程度(物件・エリアによる) | 最短1〜2週間程度 |
| 仲介手数料 | 発生する(上限:売買価格×3%+6万円+消費税) | 原則不要 |
| 契約不適合責任 | 売主が負う(告知義務あり) | 免責になることが多い |
| 内覧対応 | 必要(複数回になる場合あり) | 不要 |
| 向いている状況 | 価格を重視する場合、時間的余裕がある場合 | 早期に手放したい場合、物件の状態が悪い場合 |
築年数が古い空き家や、リフォームが必要な状態の物件は、仲介では買主が見つかるまでに時間がかかることがあります。一方、買取では現状のまま引き渡せることが多いため、手間をかけずに完結させたい場合に選ばれやすい方法です。
なお、仲介の場合も、複数の不動産会社に査定を依頼して比較することが、適切な価格設定の判断につながります。査定価格はあくまで「この価格で売れるだろう」という見積もりであり、保証ではありません。
- 売却価格は物件の立地・状態・市況で大きく変わります。
- 税制や法律は変更される可能性があります。
- 具体的な判断は不動産会社や専門家への確認が前提です。
よくある誤解と注意すべきポイント
誤解1:相続放棄すれば空き家の管理から完全に解放される
前述のとおり、相続放棄後も民法940条に基づく保存義務が残る場合があります。特に、次の相続順位の親族が全員放棄した場合や、相続財産清算人が選任されるまでの間は、元の相続人が実質的な管理を続けなければならないケースがあります。「放棄したから終わり」という理解は、法的に正確ではありません。
誤解2:相続放棄の期限は「相続発生から3ヶ月」である
民法915条が定める熟慮期間は「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」です[1]。被相続人が亡くなった日から3ヶ月ではなく、自分が相続人であることを知った時点が起算点になります。遠方に住む親族が亡くなった場合など、知った時点が後になることもあるため、起算点の確認が重要です。また、3ヶ月以内に判断が難しい場合は、家庭裁判所に期間の伸長を申立てることも可能です。
誤解3:売れない空き家は放置しても問題ない
空き家を放置すると、空家等対策特別措置法に基づく「特定空き家」に指定されるリスクがあります。指定されると、固定資産税の住宅用地特例(税額が最大6分の1に軽減される制度)が適用除外となり、税負担が大幅に増加する可能性があります。さらに、行政から改善命令・代執行(強制的な解体)が行われるケースもあります。「売れないから放置する」という選択は、将来的な費用負担を大きくするリスクがあります。
誤解4:相続土地国庫帰属制度を使えば建物付きでも国に引き取ってもらえる
相続土地国庫帰属制度は、原則として建物が存在しない土地が対象です[1]。空き家(建物付き)の場合は、まず建物を解体して更地にしてから申請する必要があります。解体費用の負担と、申請後の審査に通る保証がない点を理解したうえで検討することが重要です。
媒介契約の種類と空き家売却への影響

空き家を仲介で売却する場合、不動産会社と締結する媒介契約の種類を理解しておくことが役立ちます。
| 契約の種類 | 依頼できる会社数 | 自己発見取引 | 報告義務 | レインズ登録 |
|---|---|---|---|---|
| 専属専任媒介 | 1社のみ | 不可 | 1週間に1回以上 | 5営業日以内 |
| 専任媒介 | 1社のみ | 可 | 2週間に1回以上 | 7営業日以内 |
| 一般媒介 | 複数社に依頼可 | 可 | 義務なし | 義務なし(任意) |
いずれの契約も期間は最長3ヶ月で、更新が可能です。専任系の契約は1社が集中して販売活動を行うため、手厚い対応が期待できる一方、その会社の営業力に依存します。一般媒介は複数社が動くため情報が広まりやすい面がありますが、各社の販売意欲が分散する場合もあります。空き家の立地や状態によって、どの契約形態が合うかは異なります。
まとめ:空き家と相続放棄の関係を整理する
この記事で整理した主なポイントは以下のとおりです。
- 相続放棄の手続き自体は家庭裁判所への申述により可能だが、放棄後も管理義務が残る場合がある
- 相続放棄の申述期限は「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」である
- 相続財産清算人の選任申立てにより、元相続人の管理義務を解消できる仕組みがある
- 相続土地国庫帰属制度は建物付き土地には原則適用されず、解体後の更地が対象となる
- 空き家を放置すると固定資産税の特例が解除され、税負担が増加するリスクがある
- 売却する場合は仲介と買取でそれぞれトレードオフがあり、状況によって合理的な選択が異なる
物件や状況によって考え方は変わります。相続放棄が適切かどうか、売却が現実的かどうかは、物件の立地・状態・相続人の構成・費用負担の許容度など、複数の要素を組み合わせて判断する必要があります。法的な手続きについては弁護士・司法書士、税務については税理士、不動産の売却については不動産会社への確認を、それぞれ個別に行うことが重要です。
より具体的な比較検討の方法は、別の記事で詳しく解説しています。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の物件・状況・法的判断については専門家にご確認ください。法令・制度は改正されることがあるため、最新情報は関係機関(法務局・税務署・家庭裁判所等)でご確認ください。