- 「放棄したのに、まだ住んでいていいの」という疑問から始まる
- 相続放棄とは何か――基本的な仕組みの確認
- 相続放棄後も残る「管理義務」の内容
「放棄したのに、まだ住んでいていいの?」という疑問から始まる

親や親族が亡くなり、借金や管理の負担を考えて相続放棄を選んだ。しかし、今すぐ家を出られる状況でもない。そういった状況に置かれたとき、多くの方が「相続放棄した家にいつまで住めるのか」という問いにぶつかります。
結論から言えば、相続放棄をしたからといって「翌日から住めなくなる」わけではありません。ただし、無期限に住み続けられるわけでもなく、いくつかの法的な条件と手続きが絡み合っています。
この記事では、相続放棄後の居住継続に関する基本的な考え方、管理義務の範囲、そして居住が終わるタイミングの目安を整理します。個別の物件や状況によって判断は異なりますので、具体的な手続きは専門家への確認をあわせてご検討ください。
この記事で整理すること:
- 相続放棄後も家に住み続けられる法的な根拠と限界
- 放棄後に残る「管理義務」の内容と2023年の法改正による変化
- 居住継続が終わるタイミング(相続財産清算人の選任など)
- 住み続けることで生じうるリスクと注意点
- よくある誤解と正しい理解の整理
なお、相続放棄の手続き自体や、不動産を相続して売却する場合の流れは、別のテーマとして扱います。本記事は「放棄後の居住継続」という一点に絞って解説します。
相続放棄とは何か――基本的な仕組みの確認
相続放棄とは、被相続人(亡くなった方)の財産も負債もすべて引き継がないという意思表示を、家庭裁判所に申述する手続きです。相続放棄が受理されると、その人は「はじめから相続人でなかった」とみなされます。
申述できる期間は、原則として相続の開始を知った時から3ヶ月以内とされています[1]。この期間を「熟慮期間」と呼び、期間内に申述しなければ相続を承認したものとして扱われます。正当な理由がある場合は、家庭裁判所に期間の伸長を申立てることも可能です。
相続放棄が成立すると、その人は法的に「相続人ではない」立場になります。つまり、被相続人が所有していた不動産(家)は、その人の財産にはなりません。では、その家に住んでいた場合、どうなるのでしょうか。
「財産でない家」に住み続けるとはどういう状態か
相続放棄をした後も、その家に物理的に住んでいる状態は「占有」と呼ばれます。法的には、自分の所有物ではない不動産を占有している状態です。この状態が許容されるかどうかは、次のセクションで説明する管理義務や、他の相続人・相続財産清算人との関係によって変わってきます。
重要なのは、「放棄した=すぐに退去しなければならない」わけではない一方、「放棄した=ずっと住んでいい」わけでもないという点です。この両極の間に、実際の判断が存在します。
相続放棄後も残る「管理義務」の内容

相続放棄をしても、一定の管理義務が残ることは多くの方が見落としがちなポイントです。民法940条には、相続放棄をした者が相続財産の管理を継続しなければならない旨の規定があります。
2023年の民法改正で何が変わったか
2023年4月に施行された民法改正により、相続放棄後の管理義務の範囲が見直されました。改正前の民法940条は「自己の財産におけるのと同一の注意」をもって管理を継続する義務とされていました。改正後は「現状維持に必要な行為をする義務」へと変更され、求められる水準が緩和されています。
なお、改正前の「自己の財産におけるのと同一の注意」は、一般的な善管注意義務(民法644条など)よりも軽い注意義務とされており、両者は法的に異なる概念です。この点は改正前・後を比較する際に混同しやすいため、注意が必要です。
| 項目 | 改正前(〜2023年3月) | 改正後(2023年4月〜) |
|---|---|---|
| 管理義務の水準 | 自己の財産におけるのと同一の注意 | 現状維持に必要な行為 |
| 義務が続く期間 | 相続財産管理人が選任されるまで | 相続財産清算人が選任されるまで |
| 求められる行為の例 | 積極的な修繕・維持管理も含む解釈あり | 現状を著しく悪化させない範囲での対応 |
| 義務の終了条件 | 管理人選任または次順位相続人への引き継ぎ | 清算人選任または次順位相続人への引き継ぎ |
改正によって義務の範囲は縮小されましたが、「管理義務がなくなった」わけではありません。家屋が著しく劣化したり、近隣に損害を与えるような状態になることを放置することは、依然として問題になりえます。
管理義務が終わるタイミング
管理義務が終わるのは、主に以下の2つの場面です。
- 次順位の相続人が相続財産を管理し始めたとき
- 家庭裁判所が選任した相続財産清算人(旧:相続財産管理人)が管理を引き継いだとき
次順位の相続人がいない場合や、全員が放棄した場合には、相続財産清算人の選任申立てが必要になります。この申立ては、利害関係人や検察官が家庭裁判所に行う手続きです。
相続財産清算人の選任と居住継続の関係
相続放棄後に「いつまで住めるか」という問いに対して、最も直接的な答えとなるのが相続財産清算人の選任です。清算人が選任され、財産の管理・処分が始まると、その家に居住し続けることは原則として認められなくなります。
相続財産清算人の選任申立て手続き
相続財産清算人の選任は、家庭裁判所への申立てによって行われます。申立てができるのは、利害関係人(債権者など)や検察官です。相続人全員が放棄した場合、被相続人の債権者が申立てを行うケースが多くあります。
申立てにかかる費用としては、申立手数料(収入印紙)のほか、清算人の報酬に充てるための予納金が必要になります。予納金の額は家庭裁判所や事案によって異なりますが、数十万円程度になることもあります[1]。
清算人が選任されるまでの期間はどのくらいか
清算人の選任申立てが行われてから実際に選任されるまでには、一定の期間がかかります。申立て後、家庭裁判所による審査や公告手続きが必要なため、数ヶ月単位の時間を要することが一般的です。
ただし、誰も申立てを行わない場合は、清算人が選任されないまま時間が経過することもあります。この場合、管理義務を負った相続放棄者が長期間にわたって事実上の管理者として残り続けるという状況が生じます。
清算人選任後の居住継続はどうなるか
清算人が選任されると、その清算人が相続財産(家を含む)の管理・換価・債務の弁済を行います。この段階では、家に居住している相続放棄者は清算人から退去を求められることになります。清算人は財産を適切に処分する権限を持っているため、居住継続は法的に難しくなります。
住み続けることで生じうるリスク

相続放棄後も家に住み続けることには、法的・経済的なリスクが伴います。これらを正確に理解しておくことは、今後の判断を整理するうえで重要です。
不当利得・損害賠償リスク
相続放棄後に家を占有・使用し続けた場合、不当利得や損害賠償責任を問われる可能性があります[1]。特に、清算人が選任された後も退去せずに居住を続けた場合、賃料相当額の不当利得返還を求められるリスクがあります。
具体的には、「自分の所有物でない家に無償で住み続けることで利益を得ている」とみなされ、その利益相当額の返還を求められる場合があります。清算人との関係が悪化すれば、訴訟に発展する可能性もゼロではありません。
空き家対策特別措置法に基づくリスク
管理が不十分な状態が続くと、空き家対策特別措置法に基づく行政指導・行政代執行や、固定資産税の住宅用地特例の解除といった措置が取られる可能性があります[1]。
居住している場合は「空き家」には該当しませんが、相続放棄後に管理が滞り、建物が危険な状態になった場合には行政が介入することがあります。管理義務を怠ったことが問題になるケースです。
固定資産税の問題
相続放棄をしても、その家の固定資産税の納税通知書が届き続けることがあります。これは、市区町村が相続放棄の事実を把握していない場合に起こります。相続放棄の申述受理証明書を市区町村に提示することで、納税義務者の変更手続きを求めることができますが、手続きをしない限り請求が続く場合があります。
固定資産税を払い続けることが「相続を承認した」とみなされるかどうかについては、一概には言えませんが、専門家への確認が望ましい場面です。
具体的なシナリオで考える居住継続の判断
相続放棄後の居住継続は、状況によって判断が大きく変わります。以下に2つのシナリオを示します。
シナリオ1:被相続人と同居していたケース
築30年の一戸建てに親と同居していた子が、親の死後に多額の借金が判明し相続放棄を選んだケースを考えます。子は仕事の都合上、すぐに転居できない状況にあります。
この場合、相続放棄直後は「現状維持に必要な行為をする義務」を負いつつも、物理的には引き続き居住している状態が続きます。債権者が相続財産清算人の選任申立てを行うかどうかが、居住継続の期間を左右します。
債権者が申立てを行わない場合(例えば、家の価値が低く、申立て費用に見合わないと判断された場合)、清算人が選任されないまま時間が経過することがあります。この場合、事実上の居住が長期間続くこともありますが、それは「法的に認められた居住権がある」状態ではなく、いつ問題になってもおかしくない状態です。
転居の準備を進めながら、清算人の選任動向を注視し、弁護士や司法書士に状況を相談しておくことが、後のトラブルを防ぐうえで重要です。
シナリオ2:遠方に住む相続人が放棄したケース
地方にある実家(築45年の木造一戸建て)を相続したが、自分は都市部に居住しており、実家は空き家になっていたケースです。負債はないものの、建物の老朽化と維持費の負担から相続放棄を選びました。
この場合、居住していないため「住み続ける」という問題は生じませんが、管理義務は残ります。誰も管理しない状態が続くと、建物の劣化が進み、近隣への影響が出た場合に責任を問われる可能性があります。
他の相続人も全員放棄した場合、相続財産清算人の選任申立てを自ら行うことも選択肢の一つです。申立て費用(予納金含む)は数十万円程度かかることがありますが[1]、管理義務から解放されることで長期的なリスクを回避できる場合があります。どちらが合理的かは、建物の状態や立地、費用のバランスによって異なります。
相続放棄後の不動産売却という選択肢について

相続放棄を検討している段階、または放棄前であれば、不動産を売却してから相続するという選択肢も存在します。ただし、これは相続放棄とは別の話であり、混同しないことが重要です。
相続放棄後は、その人は法的に相続人ではないため、相続財産である不動産を売却する権限を持ちません。売却できるのは、相続を承認した相続人か、相続財産清算人のみです。
相続した不動産を売却する場合の費用の目安
参考として、相続放棄をせずに不動産を相続して売却する場合の主な費用を整理します。
| 費用項目 | 目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 仲介手数料 | 売買価格×3%+6万円+消費税(上限) | 400万円超の場合の法定上限 |
| 印紙税 | 1,000円〜60,000円程度 | 売買契約書の金額により異なる |
| 抵当権抹消登記費用 | 1〜3万円程度 | 司法書士報酬含む。ローンがない場合は不要 |
| 相続登記費用 | 数万円程度 | 司法書士報酬含む |
| 譲渡所得税 | 売却益に対して20.315%〜39.63% | 所有期間・特別控除の適用有無による |
譲渡所得税の基本的な計算構造
不動産を売却して利益が出た場合、譲渡所得税が課税されます。計算式は以下のとおりです。
譲渡所得 = 売却価格 −(取得費 + 譲渡費用)
税率は、売却した年の1月1日時点での所有期間によって異なります。
- 所有期間5年以下(短期譲渡所得):39.63%(所得税30.63%+住民税9%)
- 所有期間5年超(長期譲渡所得):20.315%(所得税15.315%+住民税5%)
居住用財産(マイホーム)であれば、一定の条件を満たすことで3,000万円の特別控除を利用できる場合があります。ただし、相続した不動産の場合は被相続人が居住用として使っていたかどうかなど、適用条件の確認が必要です。税務上の判断は税務署や税理士への確認をお勧めします。
よくある誤解と正しい理解
相続放棄と居住継続に関しては、誤解に基づいた判断が後のトラブルを招くことがあります。ここでは代表的な誤解を3つ整理します。
誤解1:「相続放棄すれば、すべての責任から解放される」
相続放棄によって財産・負債の相続は免れますが、管理義務は一定期間残ります。相続財産清算人が選任されるまでの間、現状維持に必要な行為を怠ることは問題になりえます。「放棄した以上、何も関係ない」という理解は正確ではありません。
誤解2:「清算人が選任されなければ、ずっと住み続けられる」
清算人が選任されていない状態でも、「法的に認められた居住権がある」わけではありません。債権者や次順位相続人から不当利得の返還を求められる可能性は残ります[1]。事実上の居住が続いていても、それは法的な安定性を持つものではないと理解しておくことが重要です。
誤解3:「相続放棄の期限は死亡を知った日から3ヶ月」
申述期限は「相続の開始を知った時から3ヶ月以内」です[1]。死亡日そのものではなく、「相続の開始を知った時」が起算点になります。また、正当な理由があれば期間の伸長を家庭裁判所に申立てることも可能です。ただし、期間の計算は個別の事情によって異なるため、早めに専門家に確認することが望ましいです。
「いつまで住めるか」の現実的な目安と要因整理

明確な期限を一律に示すことはできませんが、居住継続の可否を左右する主な要因と、一般的なプロセスの流れを整理します。
居住継続に影響する主な要因
| 要因 | 居住継続に有利な方向 | 居住継続に不利な方向 |
|---|---|---|
| 債権者の有無 | 債権者がいない・少ない | 多額の債権者がいる |
| 清算人選任の動き | 誰も申立てを行っていない | 債権者が申立てを行った |
| 次順位相続人の有無 | 次順位相続人が相続を承認した | 全員が放棄した |
| 建物の状態 | 適切に維持管理されている | 老朽化・管理不全の状態 |
| 居住者の立場 | 同居していた親族 | 遠方に居住・実質的な管理なし |
一般的なプロセスの流れ
- 相続放棄の申述受理(相続開始を知った時から3ヶ月以内が原則)[1]
- 次順位相続人への連絡・状況確認(数週間〜数ヶ月)
- 全員放棄の場合、債権者等による相続財産清算人の選任申立て(時期は申立て人次第)
- 家庭裁判所による清算人選任・公告(申立てから数ヶ月程度)
- 清算人による管理開始・退去要請
このプロセス全体を通じると、相続放棄後から退去要請までに数ヶ月から1年以上かかることもあります。ただし、これはあくまで一般的な流れであり、個別の状況によって大きく異なります。
管理義務を果たすための具体的な対応
相続放棄後に管理義務を果たすために、実際にどのような行動が求められるかを整理します。2023年の改正後は「現状維持に必要な行為」が求められる水準とされていますが、具体的には以下のような対応が該当します。
現状維持として求められる行為の例
- 建物の雨漏りや破損箇所が生じた場合の応急処置
- 庭木の繁茂や害獣の侵入など、近隣に影響が及ぶ状態の防止
- 不審者の侵入や不法投棄を防ぐための施錠・囲い
- 火災・漏水など緊急事態への対応
過度な費用負担を避けるための考え方
現状維持義務は、大規模なリフォームや積極的な価値向上を求めるものではありません。「著しく状態を悪化させない」ことが基本的な水準です。費用が発生する場合は、その内容と金額を記録しておくことで、後に清算人や相続人との精算に活用できる場合があります。
ただし、どこまでが「現状維持に必要な行為」に該当するかは、個別の状況によって異なります。判断に迷う場面では、弁護士や司法書士への相談が助けになります。
空き家になった場合の行政上のリスク

相続放棄後に誰も居住しなくなり、建物が管理されないまま放置された場合、空き家対策特別措置法に基づく行政の介入が起きる可能性があります[1]。
空き家対策特別措置法の概要
同法に基づき、市区町村は管理不全の空き家に対して以下の措置を取ることができます[1]。
- 所有者(または管理義務者)への助言・指導
- 「特定空家等」への指定と勧告・命令
- 命令に従わない場合の行政代執行(解体・撤去など)
- 「特定空家等」に指定された場合の固定資産税住宅用地特例の解除(税負担が最大6倍になる可能性)
相続放棄後の管理義務者として認識されている場合、これらの措置の対象になりうることを念頭に置いておく必要があります。
管理不全を防ぐための現実的な選択肢
誰も居住しない状態が続く場合、以下のような選択肢が検討されることがあります。
- 相続財産清算人の選任申立てを自ら行い、管理義務から解放される
- 市区町村の空き家相談窓口に状況を相談する
- 弁護士・司法書士に管理義務の範囲と対応方法を確認する
いずれの選択肢も費用や手間が伴いますが、放置することで生じるリスクとのバランスを考えたうえで判断することが重要です。
- 売却価格は物件の立地・状態・市況で大きく変わります。
- 税制や法律は変更される可能性があります。
- 具体的な判断は不動産会社や専門家への確認が前提です。
まとめ:相続放棄した家への居住継続は「条件付き」の状態
相続放棄した家にいつまで住めるかという問いに対して、一律の答えはありません。ただし、以下の点は共通して押さえておくべき事項です。
- 相続放棄後も管理義務は残る(2023年改正後は「現状維持義務」の水準)
- 相続財産清算人が選任されるまでは、事実上の居住が続く場合がある
- 清算人選任後は退去を求められるのが原則
- 無断で居住を続けることは不当利得リスクを伴う[1]
- 建物の管理を怠ると、空き家対策特別措置法に基づく行政措置の対象になりうる[1]
物件の状態、債権者の有無、次順位相続人の動向など、個別の事情によって居住継続の現実的な期間や対応方法は大きく変わります。一般論だけでは決めきれない部分もあります。
相続した不動産を売却する際の具体的な手順、仲介と買取の費用比較、売却期間の目安といった内容については、別の記事で詳しく整理しています。相続放棄を選ばずに不動産を承認・売却する場合の判断軸を知りたい方は、あわせてご確認ください。
参考法令・根拠

- 民法第915条(相続の承認又は放棄をすべき期間):相続放棄の申述期限(原則3ヶ月)の根拠規定
- 民法第940条(相続の放棄をした者による管理):相続放棄後の管理継続義務の根拠規定。2023年4月施行の改正により「現状維持に必要な行為」へと義務の水準が変更された
- 民法第952条(相続財産の清算人の選任):相続財産清算人の選任申立てに関する規定。申立先は家庭裁判所
- 空家等対策の推進に関する特別措置法(空き家対策特別措置法):管理不全の空き家に対する行政指導・代執行・固定資産税特例解除等の根拠法令
- 相続財産清算人の選任申立てにかかる費用(予納金等):家庭裁判所の事案・地域により異なるが、数十万円程度が目安とされる(各地家庭裁判所の案内参照)
※本記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、個別の法的・税務的アドバイスを提供するものではありません。具体的な判断については、弁護士・司法書士・税理士等の専門家にご確認ください。個別の物件や状況により、判断は異なります。法令の内容は改正により変更される場合があります。